清水山城~有明山(2019年12月8日)

 今回のダイキん家の登山は清水山城経由で有明山です。
 厳原の八幡神社の上の山に見える石垣が清水山城です。その清水山城から一旦下った後尾根沿いを西へ向かって行き登り切った山が有明山になります。

 さて今回はY隊長と一緒ではなく、数年ぶりのソロ登山となります。期待と不安で一杯ですね~。
 まずは数日前から念入りに情報収取。清水山城までは大したことはなさそうです。ただ、有明山の手前がけっこキツイとのことでした。

 当日は8時に家を出発。途中久田のサイキでおにぎりと水を購入して厳原へ向かいました。駐車場は市役所の駐車場を利用しました。もちろん電話で駐車の許可はとってましたよ。
 装備をチェックして、8時50分頃にいざ出発!まずは工事中の歴史資料館の横を抜け、住宅地の中を登って行きます。看板どおりに進んで行くのに途中民家の庭先を通ったりするのが対馬ならではですね~。
 5分ほどで登山道の入り口に到着します。

 さあここから登っていきます。

 更に5分ほど進んで行くと清水山城の看板があり、

 その先で道が2つに分かれますが、私は三の丸から順に登る事にしました。

 更に登っていくと段々石垣が見えてきます。

 ススキも綺麗ですね、

 三の丸に登ると厳原の街を綺麗に見下ろせる場所があるので、ここで小休止。景色もきれいですが、この城からだったら、厳原に出入りする船を全て監視できますね~。豊臣秀吉も見たのかな~?と思いましたが、よく考えると、豊臣秀吉は肥前名護屋までしか来てませんでしたね。

 小休止の後はさらに上を目指して登ります。二の丸を過ぎ、

 一の丸の門跡へ。

 一の丸の上からも厳原の町が綺麗に見えますね。

 一の丸は標高200m程だそうです。ゆっくり登って20分程でした。この一の丸けっこう広さはあるのですが、岩山のようになっていて平らな場所が少ないので余り多くの人は入れないと思います。築城当時はどうやっていたのでしょうか?

 この清水山城は、豊臣秀吉の朝鮮出兵に際し肥前名護屋と朝鮮を結ぶ兵站基地として築かれたそうです。実際に築城に当たったのは毛利高政と言われていますが、宗家や高橋直次、筑紫広門なども協力したという説もあるそうです。兵站基地なら清水山城よりも麓にある金石城の方がいいような気がしますが、素人考えでしょうか。
 縄張り的には、山の尾根を利用して、三の丸、二の丸、一の丸と一直線に並んでいるようです。
 現在はどの郭も石垣の保存状態は良いと思います、

 清水山山頂を出発し、今度は有明山を目指します。一旦下って行き、最初の登山口からきた道に合流します。

 ここからはなだらかな道をひたすら進んで行きます。九州で登山をしていて人に会わない事はなかったと思うのですが、全く人とすれ違いません・・・。ただひたすらに道を進んで行きました。

 頂上に近づいてくると傾斜がきつくなってきます。地面が崩れやすく、石も多かったので登りにくかったですね~。
 ここを登ると頂上に着きます。と思っていたら近くに鹿がいましたね~。

 清水山城から約50分で頂上ですが、頂上に着くと意外に広かったですね~。

 小さな池もあり、

 遠くには、先日登った白嶽が見えます。

 それでは登山のお楽しみ、大自然の中での昼食です。今日はおにぎりとうまかっちゃん!最高ですね。

 うまかっちゃんを食べて、しばらく休憩すると、今度は山を下ります。

 下りは来た道を戻りました。ただ清水山城には寄らずに下の道を通ったのですが、大雨の影響なのか道の状態が悪かったですね~。

 最後は金石城公園の中を通って市役所の駐車場に戻りました。約4時間半の登山でした。その4時間半の間で出会ったのは人一人と鹿数匹でしたw

 櫓門の右側が清水山城で左の上の方が有明山です。
 今回は対馬で初のソロ登山でしたが、私の体力には丁度よい山だったと思います。
 対馬で残された期間は4カ月を切っていますが、あと2カ所は登りたいですね!

 

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