竹田周遊

(2013年11月30日~12月1日)

父が原尻の滝で一泊し、岡城址にも行くというので、私もついて行く事にしました。

夕方に出発し、簡単な夕飯の食材を購入。高速で筑後小郡IC~日田ICを通り、その後は212号線を南下。小国からは442号線を竹田へ向かいます。途中瀬の本で休憩すると、駐車場の脇には雪が残ってました。

20時前に道の駅原尻の滝に着いてのですが、滝の音はするけど真っ暗で何も見えません。
とりあえず飲みながら夕飯を食べ、明日に備えて寝る事にしました。夜は星がとても綺麗でしたよ。

目が覚めると、早速原尻の滝を見に行きました。
東洋のナイアガラの滝と言われるだけあって、雄大で綺麗な滝ですね~♪

朝食を済ませてコーヒーを飲むと、原尻の滝を後にして、次は一路岡城址へ。
原尻の滝から岡城址へ向かう途中の道路では、車が通ると荒城の月のメロディーが流れる場所がありますね~。
8時半頃には岡城址に到着。本当に久しぶりに訪れました。
岡城址と言えばこの大手門付近の石垣が有名ですよね~。私だったら攻める気にはなりませんね!

何度か訪れた事がある岡城址ですが、今まではこの大手門~本丸までの往復だけでした。
今回は巻物のような地図をもらったので、時間もある事だし、地図を見ながら隅々を散策する事にしました。
先ずは本丸方面へ向かいます。この二の丸三の丸の石垣も有名ですよね!

いつもだったらここを直進して本丸に向かうのですが、

今回は右側の道に入って本丸の下の道を通り御廟方面に向かいます。

落ち葉でいっぱいの御廟付近を通り、一番奥の下原門まで行きました。御廟付近はもう少し早い時期だったら紅葉が素晴らしいと思います。それは次の年に見る事ができました

写真の説明にもあるように、当初はこの下原門が正門だったようですね。
城の始まりは、緒方三郎惟栄が源義経を迎えるために作ったようですが、この城が一躍有名になったのは、志賀親次が島津の大軍を相手に一歩も引かないどころか、逆に追い払った戦いですね。
志賀親次が島津の大軍を相手に戦った時代は、下原門が正門で、御廟付近が城の中核だったようです。
通常私達が描く難攻不落の岡城のイメージは本丸や西の丸のイメージが強いと思うのですが、実際にはそのイメージの場所は後の中川氏時代に大改修されてできたものであって、本来の岡城のそれとは違っていたようですね。

下原門で折り返し、次は本丸へ

中川氏時代には三層の櫓もあったようですね。

二の丸には瀧廉太郎の銅像があります。荒城の月のイメージの城としても有名ですね。

その後は西の丸を散策し、近戸門経由で駐車場に戻りました。

岡城址を後にして、来た道を戻ります。途中小国の茶のこで昼食を食べて帰りました。

昼食を済ませて店を出ると、近くにくまもん仕様の車が止まってましたよ。

今回は急遽ついて行った旅でしたが、初めて見た原尻の滝も綺麗だったし、岡城址の新たな発見もあった有意義な旅となりました。次は来年の紅葉の時期を狙って来たいと思います!

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